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男は過去に生き、女は現在に生きる。



男性の多くは過去にこだわりながら生きている。

職場でも、私生活でも、男は過去の経験や前例により

物事を判断する場合が多い。


今、核実験強行で世界を恐喝している、

現代で一番愚かな男 金正日 もその典型だ。

国民を飢えさせてまで核開発にこだわるのは、過去に

同じような恫喝外交で幾度も危機を乗り越えた、

或いは、支援を引き出した、との経験からくる意思決定

に過ぎない。

今回、国際社会は甘い顔は見せない筈だ。

中国もロシアも現実的になってきた。

ならざるを得ない状況に気がついたからでである。

経済の急速な発展、それに伴う環境問題、

中国は北京オリンピックを控えている。

一国で対処できない難問が次々に発生し始めている。

技術力に秀でた日本やヨーロッパ、米国と関わらなければ

国の未来は無い事を指導者達は理解したのであろう。


一般的に見て、男性は過去の体験を価値判断にする

ケースが多い。

国会議員や地方議会に代表される政治屋達。

もろくも倒産していったダイエーや福助、カネボウの

旧型経営者達。

精神主義を押し付けるスポーツ界の指導者達。

自分達の利益のためにだけ働く役人達。

肩で風切るマスコミ関係者達。

数えきればキリの無い男性達が前例にこだわり

社会を動かしている。


つい最近主婦と付き合っていた男が別れ話のもつれから

この主婦を待ち伏せして殺害、死体を遺棄して逮捕された。

似たような話は昔から数え切れないほどある。

男は過去の甘く官能的な出会いが忘れられない。

女は現在の生活が最も重要である。

この差は、子供を産むか生まないかの大きな役割の差に

よるものと、私は考える。

子供を産み育てる女性は現実的にならざるを得ない。

人類の繁栄の為、子孫を残す本能により女性は現実主義者

となる。

神は、女性が母になるまでの束の間を

過去と未来に夢を見る乙女時代をプレゼントする、

粋な計らいをしている。


熟年離婚の99パーセントは奥さんの方から宣告される。

男の100パーセントは「何故だ!」と絶句する。

その瞬間、奥さんはポジテブな未来を夢見ている、

第二の、乙女時代を・・・・

旦那はネガテブに過去を思い起こす、

過去の楽しい(?)生活はなんだったのだ!



私自身もどちらかと言えば、過去にこだわる傾向が強い。

もう少し、現実をシッカリ見据え、女房や娘、嫁の意見も

良く聞いて楽しい人生をまっとうしたい。


なんとかなるかな、なんとかしましょう、

                       男女協力しながら。

by mahalotakashi | 2006-10-15 22:00 | mahalo@夢旅

人はなんのために生きるのか、基礎のシチュエーション。

人は出会いと別れのために生きている。と、定義した。

もう少し、出会いについて論じてみよう。

人が様々なものと出会うと言うことは、認知することである。

認知して、記憶するかしないかを判断する、瞬時にだ。

この「瞬時」とは、意識以前の瞬時である。

哲学より、心理学(神経心理学・知覚心理学・認知心理学)や

脳神経学の分野に入るであろう。

認知心理学では、自閉症や発達障害の回復について世界的に

研究が進んでいる。

簡単な、例をあげてみよう。
(過疎地に住む人・病床にある人・目の不自由な人その他障害者や
 特殊業務に従事する人を除いて、一般的に都市部に暮らす人を
 サンプルとして考えてみる)

Ⅰ・通勤のため、通学のため、あるいは様々な目的で人は公共の
  乗り物を利用して移動する。
  目的は違うが手段は同じだ、乗り物を提供する側は同一手段
  を選ぶであろう不特定多数の為に研究し計画し、そしてなにより
  営利(利益をあげる)を目的としている。
   そのため、プライバシーの保護はまったくと言っていいほど
  顧みられていない、人々はほぼ無関心だその点については、
  特に日本では顕著だ、夜の電車内酒臭い息を吐く男性、声高に
  喋る若い娘たち。痴漢もいればスリもいる。
   犯罪都市といわれるニューヨークやロンドンの地下鉄には、警察官
  やボランティアの自警団が多数のプライバシーを守っている。
  ヨーロッパの長距離列車には昔からコンパートメントなる個室が存在
  している。
   とは、いっても日本は平和だ安全もある程度は保障されている技術力
  の裏打ちで・・・


  前置きが随分長くなったが、ここからが本題である。

  この投稿を読んでいる貴方、今朝又は今夜乗った電車、バスあるいは

  列車に乗り合わせた乗客の顔、性別、服装、髪型、行動、言動・・

  記憶していますか?思い出せますか?

  『電車の中では眠っていたから・・本をよんでいたから・・思い出せないし

   いつものことで、興味もないから・・』

  が、大多数の答えだろう、当然だ。

  しかし、認知したと言う事実は紛れも無く存在する。

  本に夢中の人も、居眠りをしていた人も、乗り降りの際自分の周りの

  人間を認知しているはずだ、ぶつからないように、足を踏まないように

  意識をして行動しているはずだ。

  電車内で平均的視力の持ち主で大体20~30人の人間を目視している。

  視力の悪い人でも5~6人の顔、その他男女の区別でやはり2~30人を

  認知している。

  思い出せますか?両隣に座った人、向かいの座席に座っていた人。

  貴方の健康で正常な脳はすでに作業を終了しているのだ。

  貴方の意識以前に情報をすばやく選別して廃棄すべきものは廃棄

  記憶のボックスに収納すべきものは収めているのだ。

  貴方が女性である、としよう。

  電車に乗った、相変わらず無表情な乗客の群れ(貴方も同じ)

  隣か前に立った同年輩の女性、或いは停まった駅で降りた人

  乗ってきた人が、身につけた服装に眼がとまる。

  以前から、興味のあったブランド、あるいは好みの

  色調、デザインだと、「フッ」と意識する。

  そして、すぐ忘れ別の思考へと移動する仕事のこと彼のこと・・

  しかし、脳はしっかり仕事をしている。 「記憶のボックス」

  今見た、他人が身につけた服装の色デザイン素地その他

  他人である彼女の身長、体系、アクセサリー、髪型、そして

  立ち振る舞い、表情まで正確にインップトしているのだ。

  自分では、意識していない、覚えていない、と思っているがそうでは

  ない。

  かなり明確に記憶しているのだ。しかも記憶ボックスの中では、

  もっと進化した作業さえ行われているのである。

  あの服を着た私を見た彼、友達、の表情までシチュエーションして

  いるのだ。


  そして、数ヶ月後、買い物に出かけたショップでイメージするとき

  最も早く思い浮かべるのが、電車の中での記憶だ。

  しかし、その時、貴方は電車の中の彼女を思い出しているのでは

  ない。

  脳内の記憶ボックスが開くのだ。

  あの時、脳は電車、或いは電車の中を廃棄している。

  表思考の貴方に断わり無く。

  貴方にとって、電車は興味の対象外だからだ。

  あの、色、素材、デザイン、が増幅されて・・・

   よく、経験するだろう、『なんか、昔来たことあるような気がする』

  『意味無く悲しくなる、楽しくなる、これって、なに・・?』

  すべて、脳の記憶ボックスのなせる技だ。

  もっと、くだけた話しをしてみよう。

  今、日本やアジアで人気の浜崎あゆみ(あっているかな)が電車の中で

  踊り歌う<PANASONIC>のTVコマーシャルを見たことがあると

  思うが、

  もし、彼女があのままのスタイルで貴方の乗っている電車の中へ

  乗り込んできたら、又は、ヤンキースの松井選手がユニフォーム姿で

  バットを振りながら乗ってきたら・・・(現実にはあり得ないが)

  大変なインパクトを与えるだろう、浜崎と松井を貴方の最も逢いたい

  有名人に代えてみてもよい。

  貴方は必ず誰かに話すであろう、友達に、彼に、家族に、・・・

  そして、その記憶はとどまることなく記憶され、30年後、40年後に、

  孫に語っている貴方がいるかもしれない。

  誰かに語らなくとも、ほぼ一生記憶するであろう。

  これが、 「表の記憶と内面の記憶」を意識することの

  キーワードだ、哲学の初歩で乗り越え理解するべき基本だ。

  
  これを、自分成りに理解できれば、人生を生きて行くなかで少し

  気が楽になるはずだ。

  なかなか、別れの話しまで進まないが、永い人生・・もう少し私と

  一緒に漂流してみませんか?


   今日の、キーワード、「興味」と「脳の記憶ボックス」

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(おまけ) タレントの友近、彼女電車の中で他人のしぐさや表情、言葉を観察して自分の芸に摂り入れているとのことです。


  



    

by mahalotakashi | 2006-09-15 22:37 | mahalo@哲学

人はなぜ生きるのか、人はなんのために生きるのか。

 なぜ生きるのか、なんのために生きるのか?

[人生の意義]
この疑問、命題は多数の人間が思い抱くものである。
人が生きていく時間は、短いようで長い。
人として生まれてきてその命が果てるまで、様々な思いが交錯する。

自分自身の、を、意識することが・・・
また他人の、を、意識することが、人の常である。

この疑問、命題に思い悩むものは、洋の東西、古今を問わず様々な
場所で見出される。
(インド哲学・中国哲学・ソクラテス・プラトンの西洋哲学)
一般大衆から知識人(インテリ)に至るまで、社会的、民族的な立場
の違いにも関わらず普遍的である。
 ただ、この命題に人類としての絶対真理的な解答は、現在のところ
見出されていない。

多くの人の感銘を受けた模範解答は、キリスト教の聖書・仏教の経典
イスラム教のコーランや様々な哲学書、あるいは芸術に数多く存在し
ているが、万人にとっての解答にはなっていない。
 同時に、人の一生は各個人に固有のものであるため、この命題の
解答も、それぞれ個人の固有のもであるに他ならない。

解答は出なくとも、その方程式或いは解答の礎は明確でないにせよ、
ボンヤリと骨格は見える。
 以上を前提に論じてみよう。(フレシキブル=柔軟に)

(人はなぜ生きるのか)
この命題は、ここでは馴染まない、生まれてきたから生きている。
人はなぜ死ぬのか?の裏返しで、哲学では無く生物学の領域であろう。
こだわる向きもあろうが、あえて省く。

(人はなんのために生きるのか)
専門知識もなく、資料もなく、勿論下書きさえなく、思いつくまま、
キーボードを打ち始めた、多分支離滅裂なフィニッシュになると思うが、
最後までお付き合いください。

 なんのために生きるのか
 出会いと別れのために生きる   これが、私の見解だ。

もっと、具体的に言えば、

出会い(誕生・発見・目撃・認知)と、別れ(死去・別離・消却・除去)の
処理(生活・観察・判断・決断・保身・防衛・無視・納得・誠意・虚偽)を
絶え間なく継続するため、しなければならないから、生きるのである。

 人には、様々な出会いがある。
大きな出会い、誕生!始めて出会う肉親、母・父・兄弟・親族・・・
 (その一瞬前に他人である産婦人科医師と看護婦に出会う)
母親の子宮から押し出され、この世に出て、空気と出会う、光と匂い、
音と振動に出会う、科学と出会う、産湯、オシメ、注射、保育器、ベッド
見つめる目、微笑む顔、心配げな顔、満足げな顔、生まれた瞬間から
怒涛のような出会いがある、この時点では身を委ねるだけの出会いで
ある。
 母の愛、父の優しさ、肉親の愛情に出会い、おもちゃ、絵本、テレビ
音楽、動物、目くるめく出会いが際限なく続く、スポンジのような脳に
ありとあらゆる情報が記憶されて行く、一説によれば人間の記憶中枢
で約50億くらいの情報が蓄積されるという。

 十代の後半までは、人生の中でも1年が最も長く感じられる時期だ。
始めての出会いが続くからだ、幼稚園・小学校入学、好きな子、嫌いな
子、先生、マンガ、ゲーム、勉強、初恋、試験、父の叱責、スポーツ、
暴力、ケガ、大人への不信、イジメ、親友、旅行、遊園地、・・・・・・
次から次へ津波のように押し寄せる、出会い

吸収しながら、自分なりに処理をし始める、別れの比率は少ない。
「イヤ!」「嫌い!」「ダメ!」から始まり、自分自身を前に出し始める
自我の芽生えだ。
少し、年長になると、「ウゼエー」「チョー!ムカツク」とその時代に
流行ったタメ言葉を使い始める、それが彼ら彼女の保身・防衛の始まり
なのである。
 タメ言葉を使いながら絶えずまわりを気にしている、特に同年代の目を、

出会いと別れを大きく意識しないまま、十代を終わる。
シッカリ生きているのである。人として。
だから、十代は新しい出会いの為に生きている。と言えるだろう。

 大きな出会い、恋愛・結婚!高校を出て、大学を卒業して、
就職、今、ニートやフリーターと言う現象がマスコミによく取り上げられる。
特に、現代の得意現象ではない。
 昔からどこでも見られる現象だ、日本では徳川時代の後半、旗本の次男
三男が現在のニートと言われる状況を甘受しなければならない時代があった
食えて行けたのだ。だから働くことが意にかなわない理論(屁理屈)が許された
ニート・・イコール本来の日本語で言えば、不精者(ぶしょうもの)だ。
昔は、バラモンとかゴクツブシとかよばれていたらしい。
 ただ、彼ら不精者はマスコミの造成語、<ニート>に救われただけのこと。
ニートと言う言葉に出会い、処理(保身・防衛)の行動をとっているに過ぎない
だから、彼らも、生きている。人はなんのためにいきるのか、楽をして無責任
に人生を楽しみたいから・・・この世で起きるマズイ事は俺の責任ではない!
・・・生きている、あきらかに彼らは生きている。

話が横道にそれたが、恋愛・結婚は、なんのために生きるのか・・・の命題の
中で、かなり重要な位置を占める。

人は人生に対する結論が出ないまま、ニ十代三十代を迎えてしまう。
意識するしないは別に、相変わらず自分の周りでものすごい数の出会いが
あることを、認識しないまま。
 処理する方法が見えないからだ。

平均的な日本のサラリーマンの私の一日をウオッチングしてみて考えて
見よう。

朝起きる、最初の出会いは、鏡に映った自分自身・・・
「年とったなあ・・」シゲシゲと己の醜態を見る。(,処理=無視・考えない)
歯を磨き、顔を洗い、整髪。
 最初の人との出会い、女房だ。結婚してから36年単純に計算すれば、
1万3千1百四十回目の朝の出会いとなる。(処理=空気であることの確認)
自宅を出る、駅まで徒歩12分、梅田で乗り換え、地下鉄堺筋線・谷町線を
乗り継ぎ、会社に到着。
この間、最低500人~1000人以上の人間と出会っていることになる。
 東京なら、この倍はあるだろう。
男女の区別、若い、年寄り、好み、不快、不思議、瞬間・瞬間に認識して
いる。誰もが無意識に毎日行っている行為。(処理=観察・無視・排除)
 そして、会社に到着、見なれた顔、お茶が入る、同じ挨拶・打ち合わせ
繰り返しの出会い、電話がかかる、挨拶、ジョーク、昨日の出来事、
今日の業務、出会いは際限なく続く。
(処理=生活・給料・納得・自嘲)たまに、人間はなんのために・・・・が
頭をよぎるが、つぎのマンネリ出会いにかまけて意識して打ち消す。
仕事終了、地下鉄から私鉄へ、思い足を引きずりながら、地下街を進む
何百何千の人とすれ違う、北へ向かう人、南へ、西へ、東へ、斜めに
歩く人、立ち止まる人、いきなり方向を変える人・・・・
 
不思議とぶつからない、皆が皆を意識しているからだ。
「なんのために生きてるの・・・」10パーセントくらいの解答がここにある。
(人を意識するために生きている)

結婚、生きて始めて自ら求める出会い。
生物学に言えば、種族保存の本能。
なんのために生きるの?から考えれば、孤独からの脱却、愛の確認。
生きるために、子供(かけがえのないものが欲しい生きる証に・・・)

多数の既婚者に出会いの状況を聞けば、大体の答えは、職場・友達の
紹介・幼馴染・趣味仲間・見合い、パーティで知り合い 等々受動的な
出会いが主力を占める。

1日何千人と出会う日々を繰り返しながら、限られた一定の条件の中で
自分の伴侶を決定する。(処理=納得・保身・防衛・虚偽・自己慰撫)
(愛・生きがい・本能・未来)を強調する人もいる、しかし継続できる男・女
は少ない、男と女の前に、人だから・・・

よく女房に聞かれたことがある、経済的な問題や男女の問題その他
むなしい思いをした直後に・・・
「私達、なんのために生きてるの・・」
 明確に答えたことはない、答えられない、答えたら終りと思ったことも
ある、答えが思いつかないにも関わらず、「いずれ解るさ・・」と呟いた
こともある。

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女房の好きな花、コスモスです。

花(自然)との出会いが一番ときめきます。



今日は、出会いについて、哲学?してみました。
次回は、別れについて、話してみたいと思います。

by mahalotakashi | 2006-08-29 00:58 | mahalo@哲学

哲学て、なに?

 哲学て言葉、学問があることは、知ってますよね。

 知らない人、興味のない人は、お引取りください。

かく言う私も、哲学なんて興味もないし、勉強した事もない。

 ただ、日々思う心のゆらぎを吐き出したい、問い掛けたいと

思ったとき、どのような手段があるのか、一時期真剣に考えた

ことがある。

西洋(キリスト教)では、懺悔(ざんげ)というシステムがある。

日本では、・・・お寺の住職の説法、もっと広げて見ると、

占い師やマスコミの人生相談、カウンセラーや精神科の医師。

人間の生き方、心の悩み、その他煩悩に振り回されてジグザグ

人生をさまよっている人間を、やはり何かの悩みを持つ人間が

相談にのり、かつ答えをだしている。

裏づけのない、空虚な言葉の垂れ流し、短い経歴の中の思い込み

だけでの無責任なアドバイス、すがろうとするひ弱な心をもてあそぶ

拝金主義者。

 自分の生き方は自分で決めよう。

と思ったとき、哲学と言う言葉が脳裏にひらめいた。

で、特に哲学を一から勉強しようとか、小難しい理論を展開しようと

の気持ちも、毛頭ない。

 自分の心の悩み、恐怖(失敗・病気・離別・死)を自ら分析して

残る人生を心置きなく過ごすために、これが私の哲学。と呼べる

なにかを残してみようと思いたっただけのことである。

少し調べてみた、哲学を・・・

 
 哲学とは、前提、問題点の明確化、概念の厳密化、命題間の関係の
整理などの、理性的な思考を通じて様々な主題について論じる学問・
・・・
哲学の主題・真理・善・美・正義・神・存在・時間・知識・本質・同一性
理性・因果・意義・自他・・など、普遍的な事柄が含まれる。

頭が痛くなる、いまさら東大や京大を受験する気もない。

ヨウするに、人間としてどう生きればよいのか?

それだけのこと。

人生の意義についても、長々と解説、分析が続く。

これ以上、踏み込んでも小説の目次を繰り返し読むようなもの。

自分流の哲学で、これから自分の人生、生き方を分析してみよう。

完全に、独断と偏見、独り善がりのアジテーションになるかも解らないが

このコーナーで思いきり叫んでみようと思う。

第一回目は、人はなぜ生きるのか、なんのために生きるのか?

に、ついて考えてみる。・・・私なりに・・・・・次回で、・・・・・

by mahalotakashi | 2006-08-26 23:15 | mahalo@哲学