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イタリア旅行・ウフィッツィ美術館で飲んだビールとヴィーノ ③-11 食べまくり 5日目 

 第五日目 Firenze ③-11 食べまくり (ランチ)

ウフィッツィ美術館で、イボイノシシを暴走させて
ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」の展示室で、係員のおばさんを怒らせたのはいったい誰のせいなんでしょうか?



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 後ほど詳しく紹介しますが、世界最大のルネッサンス美術の宝庫といわれる、ウフィッツィ美術館、右の写真の案内看板のように南北に細長い「U」のような回廊造りの建て方になっています。
 この美術館は館内で食事が出来るようになっていて、「U」の字の左側の最先端にカフェがあります。

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 作品を鑑賞」する人は、エレベーターで「U」の右上まで登って回廊を巡り、「U」の左上で終了するように企画されています。
「U」の左上の突き当りには、イボイノシシ・・・ではなかった、イノシシの彫刻がカフェの方向を鼻先で示しています。


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 イボイノシシの暴走の話は後ほどUPするとして、とりあえずランチを楽しみましょう。作品を三分の一ほど鑑賞したあたりでお腹が空いてきましたので、カフェに直行しました。
そこそこにゆったりしたスペースを持ったカフェで室内とテラス席があります、今日のように素晴らしい天気の日は全員が外で食事を楽しむようです。
 食べ物は、小ぶりのピッツァかサンドイッチ、それにパニーニといったところ、調理に火や油を使う料理類は置いていないようです。

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 フィレンツェの絶景が楽しめるナイスポイント。
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 北の方向に面したテラスですが、眺めは最高!右手はヴェッキオ宮、この下が前回UPした彫像のレプリカが展示されている、シニョリーア広場です。
 少し先に見えるのが、午前中カプチーノを飲みながら休んだサン・フィレンツェ広場に面した、修道院の尖塔(左)と、バルジェッロ美術館の鐘楼(右)です。そのずっと先にトスカーナの優雅な丘陵地帯と山々がハッキリ見て取れます。


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正面真北には朝方訪れたサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(ドゥオモ)[91m]と、高さ84,7mのジョットの鐘楼が競い合うように建っています。

d0083265_23155577.jpg アッ!そうそう、
このページは食べまくりでしたよね!
只今よりUPいたします。


 あまりにも天気と風景が素晴らしかったものですから、空腹であることすら忘れていましたよ(笑)

d0083265_2326555.jpg 愛想の好いスタッフがオーダーを取りに来ました、その愛想の好さと喉の渇きのせいか、珍しくビールを頼みました。

もちろんヴィーノ(ワイン)のビアンコ(白)も同時に忘れず注文しました。



d0083265_23453531.jpg イタリアでビールを飲むのは、これが初体験。程よく冷えたビールを、高く澄み渡った青空の下で一気に飲み干す爽快感!

「プファ~♪・・生きてて良かったあ!」

乾いた砂地に水が染み込むように、冷たいビールがイボイノシシの身も心も癒してくれました。


食べ物は、七面鳥夫人が生ハムのパニーニを、イボイノシシは小ぶりのチーズ・ピッツァにしました。

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     好物のワインを頂きながら、直ぐ目の前に建つ世界遺産を眺める。
     これほどの贅沢は滅多と味わえない至極の経験ではないでしょうか・・・

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 そよぐ薫風を頬に受けながら、七面鳥夫人は相変わらず熱心にお勉強中。
 「少しはイタリア語覚えましたか?」 『Quanto costa? いくらですか?』
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 CAFFETTERIA Bartolini GALLERIA DEGLI UFFIZI
 
 ・PANINI  Eu4,50   ・PIZZA  Eu4,50   ・BIBITA  Eu6,00
 ・VINI BICCHIERE  Eu6,00    ・BEVANDE  Eu3,00
                      TOTALE  Eu 24,00 (約3,900円)


 最後にもう1枚、ベストショットでごちそうさま!
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by mahalotakashi | 2008-05-06 07:24 | mahalo@夢旅

イタリア旅行・ダ・ヴィンチとモナ・リザの間で・・・ ②-9 エピソード 4月19日

 第五日目 Firenze  ②-9 エピソード 4月19日

d0083265_1634351.gifUna storia
meravigliosa


 ダ・ヴィンチとモナ・リザの不思議な物語を実感

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 イボイノシシが少年時代から最も憧れと尊敬を感じた歴史上の人物の第一人者が、レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci, 1452年~1519年) だということは、以前このブログでも紹介したことがあります。
 イタリアのルネサンス期を代表する万能の天才として知られ、現代のイタリアでは
「万能人(uomo universale)(ウォモ・ウニヴェルサーレ)」とも呼ばれています。

 絵画、彫刻、建築、土木および種々の技術に通じ、極めて広い分野に足跡を残しており。『最後の晩餐』や『モナ・リザ』などの精巧な絵画は盛期ルネサンスを代表する作品になっています。膨大な手稿(ノート)を残しており、その中には飛行機についてのアイデアも含まれていたり、音楽にも精通していたと言われています。


 少々堅い話になりますが、今回の旅行で体験したダ・ヴィンチとの縁を、自分自身の思い出としても掲載しておきたいと考え、この稿を作成した次第です。


 「モナ・リザ」の製作現場が、目の前に!
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 サンタ・マリア・ノヴェッラ教会
 イボイノシシ達がフィレンツェ滞在中に宿泊した「ホテル・ローマ」は、サンタ・マリア・ノヴェッラ広場のほぼ正面入り口の角に位置していました。日本で言えば、神社の鳥居の横辺りというイメージです、教会とほぼ正対した場所です。
 実はこの教会こそ、ダ・ヴィンチがフィレンツェ滞在中に使用したアトリエが存在していた場所なのです。



d0083265_173224100.jpg そしてモナ・リザの肖像は、この教会の法王の間のベランダで描かれた、ということが定説になっています。幻想的な氷の山などの背景は後に加筆されたともいわれていますが、モナ・リザの背中の後ろに描かれている手摺が、全く同じ形で現在も教会に残っているのです。100mほど先の建物があのモナ・リザの製作現場であり、500年後とはいえ、二晩その目と鼻の先の寝室で睡眠をとったイボイノシシは、夢がかなった少年のような気持ちになりました。

 「レオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザ」とは
 フィレンツェの織物商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻、リザの肖像画です。
国により,「モナ・リザ」(リザ夫人)または「ラ・ジョコンダ」(ジョコンド夫人)と呼ばれています。
この女性が誰であるかは長年謎とされてきましたが、2008年,ドイツのハイデルベルク大学図書館所蔵の当時の書籍の余白部分に、「ジョコンドの妻の肖像画など計3つの絵画をダビンチが作製中」という書き込みが発見されたため,伝記作家ヴァザーリの記述した通り,リザであることがほぼ確定しました。


ダ・ヴィンチの歩いた石畳
d0083265_18681.jpg ヴェッキオ宮(市庁舎)の会議室の大壁画を製作していたダ・ヴィンチは、アトリエのある教会から毎日のように足を運んだのであろうと思います。
そのヴェッキオ宮に通じる石畳の道を一歩一歩踏みしめながら歩いてみました。
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 最近になって、塗りつぶされたと思われていた、ダ・ヴィンチの壁画「アンギリアの戦い」が壁の裏に残っていた、という世紀の大発見が報道されました。そのせいかヴェッキオ宮の警備は強化されていました。
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ヴェッキオ宮からの帰り道、右手にとればサンタ・マリア・ノヴェッラ教会。
ウオモ・ウニヴェルサーレ(万能人)のレオナルド・ダ・ヴィンチはどちらの道を選んだのでしょうか。

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by mahalotakashi | 2008-05-06 00:01 | mahalo@夢旅