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道修町から北浜界隈 (イボイノシシの散歩道)

一緒に散歩しましょう!

 毎日連続の「食べ物ブログ」少しマンネリ、食傷気味になりませんか?
 食べ過ぎは身体によくありません、たまには胃袋も休ませてやりましょうよ!
 エッ!ネタが無くなったのだろう・・・て、
 いえいえ、そんなことはないですよ(^^)食べるのは毎日の定め、お店も
 イボイノシシの残り人生全部使っても足りないほど沢山ありますよ。


d0083265_2040722.jpg実は、来年(2010年)2月にイボイノシシの再雇用契約が満了します。
残り1年で慣れ親しんだ船場の街ともお別れです。
そこで会社周辺の風景をもう一度見直して自分自身のメモリアルブログを作ってみようと思い立ちました。
月に2~3回の割合で「イボイノシシの散歩道」としてUPしてみたいと考えています。


勿論「イボイノシシのリーズナブルランチ探訪」のレストランガイドは今まで通り続けます。
まあイボイノシシが食べ過ぎ(ネタ無し)と判断した時点で散歩に出かける予定です。

 ご理解とご協力よろしくお願いしまぁ~す!


【道修町】
というわけで、今日は会社のある堺筋本町から堺筋を北に向って1キロほどのところにある道修町方面へブラブラ歩いてみました。

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道修町(どしょうまち)は、中央区(船場)にある地名で薬の町として知られています。
日本一の高層マンションやビルと昔からの土蔵や旧家屋が混然と交じり合う不思議な感覚を覚える一画です。

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江戸時代に、中国やオランダから日本に入ってくる薬は、いったん道修町に集められ、全国に流通していったそうです。
その関係で現在でも製薬会社や薬品会社のオフィスが道修町通りの両側に多いことで知られており、日本の四大製薬会社では武田薬品、塩野義製薬、三菱田辺製薬が本社を構えています。

道修町にある少彦名神社は、薬の神様として地元では長く親しまれています。
町名の由来としては、もともとこのあたりに『道修寺』という寺院があったことにちなむという説や、江戸時代初期に北山道修(きたやま・どうしゅう)という薬学者がいたことにちなむという説などいろいろあるそうですが、どれも定かではないようです。
日本初の薬学専門学校(現在の薬科大学に相当する)が設置されたのも道修町です。

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小西家住宅(こにしけじゅうたく、旧小西儀助商店社屋)は、明治時代末期(20世紀初頭)に建てられた和風の商家で、その大部分が重要文化財に指定されています。1996年12月20日に主屋、衣装蔵、二階蔵、三階蔵が登録有形文化財に登録されました。また2001年6月15日には、主屋、衣装蔵、二階蔵及び宅地が重要文化財に指定されています。

寛永(かんえい)年間(1624~44)に小西吉右衛門が幕命でこの地に薬種業を開業したのに始まり、1658年(万治1)には株仲間の問屋街を形成し、1666年(寛文6)には108軒に及んだといわれます。薬種神を祀(まつ)る少彦名命(すくなひこなのみこと)神社は通称「神農(しんのう)さん」といわれ、町の氏神として、11月22~23日の祭礼には参詣(さんけい)人でにぎわいます。神社に隣接して「くすりの道修町資料館」が開設されています。


 次回は「証券の街・北浜」です。

by mahalotakashi | 2009-02-07 21:40 | mahalo@夢旅