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イタリア旅行・ローマの光と影を哲学してみよう。   2008年4月30日

 イタリアの光と影、繁栄と挫折、人々の生き様。




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 今回妻と2人で訪れたイタリア共和国。僅か1週間程度の短い時間でローマ、ミラノ、フィレンツェと、いずれも観光の代表的な街の一部を垣間見たに過ぎないが、其々の都市に捨てがたい魅力と繁栄、歴史の重みを感じると同時に首をかしげるような風景やモラルの違いにも気付いた。

 勿論長年の夢であった旅行であり、大きなトラブルも無く、最高の満足感と充実感を持って日本に帰国したわけで、何の不満も失望感もない。

 予想通りのイタリアであり、日本では味わえない料理の数々や人々の暖かさにも接してきて、益々イタリアという国が好きになってきたので、文句をいったり批評をしたりする気はサラサラない。

d0083265_2049289.jpg 今日は「日本」に、或いは「日本人」に比べて・・・という視点から、イタリアの光と影を哲学してみようという趣向である。決してイタリアを侮辱したり日本を自慢するものでは無いので、くれぐれも誤解の無いように願いたい。


 短い期間で表面的な状況や偶然の出会いを持ってこの国や人々の生き様を論ずるのは、無謀であり、浅はかでもあることは十分理解しているつもりである。
あくまでも一瞬にして過ぎ去った一旅行者個人の感じた潜在的比較論にすぎない。


 公衆道徳
  辞書を見ると、「社会生活を営む一人一人が守るべき規範」とある。
 そもそもイタリアに道徳なる言葉や概念が存在するのかが不明であるが、それなりの
 モラルや決め事は当然存在している。
 ただそれが日本に比べると微妙な「ずれ」を感じさせるものであることは、間違いない。

 喫煙
  イタリア人は男女を問わず喫煙愛好家が多いようである。
 イタリアの禁煙場所・喫煙場所はいたってシンプルだ、室内はダメ!室外はOK!
        (注)一応駅構内など、禁煙場所は指定表示されている。
 乗り物も室内とみなされるようだ、しかし鉄道の駅やバスの停留所付近はポイ捨ての
 タバコの吸殻が溢れ返るように散乱している。
 歩きタバコは常識のようで、半数ぐらいの人がタバコを咥えたり指に挟んで歩行している。
 
d0083265_2029293.jpg 石造りの建物や石畳の歩道で、引火の心配がないからなのか歩道や広場はタバコの吸殻が晩秋の落ち葉のように広がっている。
 昨今特定の通りや区域を禁煙地区に指定して、違反者から罰則金を没収する条例が増えてきた日本の各都市に比べれば、ローマなどはタバコ好きの天国であろう。


 トイレ
 世界屈指の観光都市であるローマやフィレンツェに公衆便所がほとんど無いのには
 驚愕した。
d0083265_20325133.jpg 駅などに有料のトイレはあるが、この旅行中、日本で見かける公衆トイレと言う物に一度も遭遇しなかった。
 街角の料理店(リストランテ・トラットリア・バール)に備え付けのトイレはあるが、どこもお世辞にも綺麗とは言えない代物だ。

 妻は一度だけそこそこ格式のあるリストランテ(ローマ)で用を足したが、『トイレット
 ペーパーも無かったわ!』と、憤慨していた。

  旅行者は観光の出発前にホテルの部屋で用を済ませ、外では料理店などを利用する
 しか手立てはないようだ。


 落書き
d0083265_2036117.jpg  建物や壁などへのイタズラ書きは、日本でも物議をかもしているが、イタリアもかなりひどい状況のようだ。ローマやフィレンツェなど歴史的価値の重要な建造物にも、かなりの落書きが見受けられた。地元の人間なのか観光客なのかは定かではないが、無知で幼稚な落書きは心を冷え冷えとさせる。


 物乞い
d0083265_20393317.jpg  特に目に付いたのはローマであった。
 教会の出入り口には必ず座っていた、年老いた老人や老婆が空き缶を持ちか細い声で
「スィニョール・・・スィニョーラ・・・お恵みを・・・」と呟く姿は哀れみを感じさせる。


 
 社会の表舞台から取り残された一部の人たちではあるが、アメリカにも他のヨーロッパ
諸国にも見られる風景だ、社会格差なのか労働政策や福祉政策に欠点や落とし穴が
あるのか、それとも個人個人の生き様なのか、影の部分である事は間違いない。
果たして、2000年前のローマや古代ローマに物乞いは存在していたのだろうか、
繁栄と挫折の繰り返しなのか、或いは現代社会の病める病根なのか。

 その他にローマの治安の悪さや、景気後退、移民問題などイタリアにも影の部分は少
なくないようだ。


               光を求めたイタリア人
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 私がローマに到着した前々日の14日にイタリア上下院総選挙が実施された。
旅行に出る前から情報は入れていたが、ローマの街角にはまだ候補者の選挙ポスター
があちらこちらに残されていた。

 ホテルのテレビには、前首相のシルヴィオ・ベルルスコーニの得意満面の顔が映し
出されていたのでどうやら彼が勝利したらしいことは理解できた。
その後ロシアのプーチン大統領を訪問した映像が毎日のように報道されていた。

 結局イタリアの上下両院総選挙は15日に開票の結果、両院でベルルスコーニ前首相
率いる「自由国民」を軸とする中道右派が、ワルテル・ベルトローニ前ローマ市長率いる
「民主党」を中心とする中道左派陣営を大きく引き離して圧勝した。
 これにより、ベルルスコーニ氏が3度目の首相として、景気後退などに苦しむイタリアの
かじ取りを担うことになるのだろう。

 イタリア人は危うさを感じながらも、ベルルスコーニに賭けてみたのだろうか、光を求めて。 

 イタリアは上院が下院と同党の権限を持つため、上院で小差だったプローディ左派中道
政権は上院での不信任案可決で崩壊したが、ベルルスコーニ新政権はその点、安定した
政権運営を保証されたことになる。

 参院選挙で議席を減らした日本の自民党福田政権からみれば羨ましい限りだろう。


 話が哲学から逸れて現実的になってしまったが、イタリアの「光 」と「繁栄」それに
ラテン民族特有の明るさ陽気さ、そして、もてなしの心など、このページでは語り尽くせな
いイタリアの魅力は、引き続き私のイタリア旅行記を読んでもらえば、十分に理解してい
ただけるものと信じている。

 

          

by mahalotakashi | 2008-04-30 18:30 | mahalo@哲学