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手付かずの哲学(何を求めるのか)    2008年3月31日

 起きて半畳 寝て一畳 天下奪っても二合半




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 織田信長公が発信元といわれる「起きて半畳 寝て一畳 天下奪(と)ても二合半」
 私の好きなフレーズで、事あるたびに密かに呟(つぶや)く呪文でもあり、マイブログ
 「なんとかなるさ」の原点ともなっている言葉(思考)のひとつでもあります。

  北浜から本町へ哲学しながら散歩しました。
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 さて、信長公の言葉の意味ですが、人間はどんなに豪華で広い屋敷に住んでいても、起きている時は畳半畳のスペース、寝ていても一畳あれば充分。
それ以上はどう頑張っても使えない。
そして、天下を取り頂点に登りつめても一回の食事で米2合半以上は食べられない。

必要以上のものを望まず、満足を知ることが大切である。 という戒めの意味です。

自分自身の生き様を把握して、客観的に見つめる重要さを教えてくれる言葉でしょう。

            地球環境を救う心の余裕
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 昔の人は、人間に必要なものは働ける空間、眠れる空間があれば、余計なものは不要、というより邪魔になる、という思想を持っている人が多かったようです。
 
 以上でもなく以下でもない必要なもの、即ち「分相応」が確保されていれば、それで十分満足だったようで、これを「知足(足るを知る)」の哲学という学者もいます。

 現代人のように分不相応のものを求めるようなことはしなかった。
分不相応なものを求めればそこには必ず無理が生じる。無理が生じれば、当然のことに、成るものも成らない。

 無理とはなんでしょう、無理とは自分の思慮を超えた欲求、計画、行動ということです。
 
 思慮が浅ければ、総てにおいて無理ばかりとなり成就は覚束ないという結論になります。


    昔はよかったと一概には、言えないが・・
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 地球環境の悪化に関しては、昔の環境を取り戻すべきではないでしょうか。
 現代人は無理を重ねて地球を滅ぼそうとしているのかも知れません。

 幕末に活躍した勝海舟が「人間、余裕なかりせば、大事、成らず」と著書「氷川情話」の中で述べています。

 この言葉は核心を突いています。「余裕がない」とはギリギリということであり。このギリギリという状況が何事にも悪い影響と結果を生じます。

 なにごとも器の容量以上には入らないし、無理に入れようとすれば器が壊れます。
 社会的にも、無理が環境や状況を悪化させていることは多いものです。


 100年200年前の昔からは想像も出来ない発展を遂げた現代、医学の進歩により人々の寿命は驚異的に延び、科学技術は暮らしを清潔にしかも四季を通じて快適な環境を与えてくれます。
 情報は瞬時に世界を駆け巡り、人間が月にまで到達する時代、100年前の人間の夢の夢とまで言える驚異的な社会を作り上げました。

   同時に地球温暖化を背負ってしまいました。
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 世界各国が温暖化防止に躍起となっている昨今、消費することや様々な行動が制約される雰囲気が芽生え始めています。
 それはそれでよい事かも知れませんが、個々の人間が罪悪感や自虐感を持つような、あるいは持たせるようなネガティブキャンペーンだけは止めてもらいたいと思います。

 個々の人間には生きる権利と同時に生活をエンジョイする権利があってしかるべきなのですから、短い人生を有意義に楽しく暮らすのは誰からも阻止される必要の無い最低の権利であるからです。

 地球温暖化を個々の人間の生活態度に結びつけるのは、無謀であり無理があります。
 地球上の全人類が全く同じ生活レベルで暮らし、同じ思想、宗教を持つなら別ですが。


 話を戻しましょう。

 勝海舟の言う「余裕」とは何なのか、そしてどこから来るのか、ということをよく考えてみる必要があると思います。

 経済的金銭的余裕もあります。しかし、それよりももっと重要なものは精神的余裕であるのではないでしょうか。
 「金さえあれば、何でもできる」と豪語する人も世の中には結構います。
しかし残念ながら「金の分限」の範囲内のことしか出来ないことに気が付いていない人が多いのです。

 精神的余裕を大事にし維持すれば結果は大きく変わるでしょう。
 無理を生じさせない算段をしなければならない。思慮を深くしてあらゆるものに敬虔な感情を 持ち、自己の容量を大きくしなければならない。それには勉学も礼儀も必要である。

 これを渋沢栄一は「恭敬」と言っています。
 人に対して恭敬の気持ちのない人は事に対しても必ず恭敬の気持ちがない。
 恭敬の気持ちのない人は気持ちを一つに集中することが出来ず、注意が散漫になって物事 が成就しない。
 逆に、恭敬の気持ちの盛んな人は万事に注意深いから危険も失敗も無く、精神統一、集中力に秀で自己研鑽に励み事を成し遂げる。
 知と実と人に対する恭敬の気持ちが余裕を生む。その余裕の大小は肚で決まる。


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 思考をあっちへ飛ばしこっちで突き当たりながらの散策、たまにはこのような理念の世界に自分を投げ込むのも面白い経験です。
 結論らしきものも出ないまま、会社に到着しました。

 今から、起きて半畳の8時間が開始されます・・・
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 そして明日から、黄泉の世界へ旅立つまで繰り返される・・・

 起きて半畳 寝て一畳 天下とっても二合半

  それが人生なのです。

by mahalotakashi | 2008-03-31 01:01 | mahalo@哲学