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リメンバー阪神淡路大震災(Ⅱ) 1995年1月17日05:46

 12年前の今日、六千余名の命を奪った、阪神淡路大震災が発生した。
我が家の暮らしも一変した、道路も鉄道もズタズタになり、当時三宮から大阪に通勤していた妻の兄夫婦も暫らく我が家で寝起きをともにした。

 入浴のため片道2~3時間を掛けて池田市の銭湯まで車で通ったり、給水車から水を貰い当時独身の息子と大きなバケツを8階まで運び上げたり、完全な肉体労働者になっていた。


 震災から3~4ヶ月経った頃、北側の玄関先で復興の始まった街の様子をペンと水彩で描いてみた、甲山から六甲山の東端(宝塚市)に若葉が芽吹き始めた頃だった。

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瓦礫の撤去作業や修復のためか、異常な数のクレーンが印象的だった。

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芦屋市から御影の山側だ、このあたりで保育園児6名幼稚園児2名が幼い命を落としている、私の孫たちと同じくらいだ、生きていれば元気ハツラツのティーンエイジャーだろうに・・

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六甲の峯が東で終わるところ、地すべりで剥き出しになった山肌が痛々しい、土砂崩れによる死者も多数出た地域だ。


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現在の甲山と六甲山東端、復興も進み新しい建物が建ち山肌の傷もほぼ癒えた。
家族や知人を失った人の心の傷は12年経って癒えたのだろうか?

by mahalotakashi | 2007-01-17 05:46 | mahalo@哲学