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リメンバー阪神淡路大震災(Ⅰ)      2007年1月16日

 私はどちらかといえば楽観主義者である。
このブログ「なんとかなるさ」が表す通り、少々のことではへこたれない。

それと嫌な思い出、辛かったこと、悲しい出来事は極力忘れる、というのも私の特技だ。
苦しかった、悲しかった、は自分の胸の奥に留めて置けばよい、他人に話してどうなるのか・・解決になるのか・・
だから忘れることを意識して生きてきた。
楽しいことは、これはできるだけ記憶に残すべく、覚えておくことに努力している、他人様にもよく喋る。

 12年前の1月17日、我が家はもろに大地震の洗礼を受けた。
偶々新築に近い状態のマンションだったので、倒壊という最悪の事態は免れマンションの住民にも人的被害は無かった。
様々な悲惨な体験をした、しかしその日以来忘れることに集中した、会社の同僚(関西以外)にも色々訊ねられたが「特にどうこう無かったよ」とかわし続けた、この12年間他人と震災のことで話した記憶は殆んどない、意識して避けてきた。


 昨夜、家族団欒のおり3月に結婚する娘が、披露宴で使う子供時代の写真を探し始めたとき、数多くの写真の中に、数枚のピントのずれた写真を見つけた。
女房が『これって、震災の時お父さんが撮った写真でしょ』と差し出したのである。

 手にとって見た瞬間、12年前の出来事が昨日のことのように蘇ってきた、忘れていたはずの記憶が蘇生して胸が苦しくなった、忘れてはいけないこともあるのだ。

 この12年間テレビや新聞その他で震災の生々しい状況はご存知だろうが、一個人の自宅内部の状況は余り報道されていないと思う。

 九死に一生を得た私たちの恐怖の瞬間を、ピンボケ(使い捨てカメラのフラッシュ無し)でわかりづらい写真だが、 今回自分のブログで始めて公開することを決心した、不幸にして亡くなった方も多くいる、助かったから忘れる、では自分自身が許せない、という気持ちになったからだ。

 見苦しいが、事実を見てもらって、阪神大震災を記憶に留めていただきたい。




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           大音響と青白い閃光の後、家中の家具が倒れた。


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           寝室はタンスが倒れ衣類が散乱、飾り棚も落下してきた。

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ガスはすぐ止まったが電気は暫らく通じていた、転がったテレビを見てことの重大さに気づいた。


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           余震に怯えながら家具を起こし、片付け始めた。

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南のベランダへ出てみると東南の方向(JR甲子園口)に黒い煙が見えた。

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南西の方向名神高速道路の一部が崩壊落下している、その先の神戸市東灘地区、この時点では白い煙が空一面を覆っているが、その後黒煙に変わり大火災となって行く。

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日が昇り近くに住む母を救出するために玄関を開けた途端、煙に包まれながら不気味に静まり返った西宮の街を見た。



 上の3枚の写真のフレームの中で、数千人の人が命を落とし、傷つき苦しんでいたのである、まさにその瞬間である。

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12年後同じ時刻玄関を開けて望む現在の西宮の街だ、電車の音、車の音、様々な活気のある音が押し寄せてくる。 生きてて良かった・・と実感する。

by mahalotakashi | 2007-01-16 13:45 | mahalo@哲学