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阪神甲子園駅・リニューアル

 甲子園駅・リニューアル工事がもうすぐ完了します!



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 阪神電気鉄道「甲子園駅」と武庫川駅の間が高架になり、甲子園駅のホームが大規模にリニューアルされ、使いやすいステーションになるそうです。(2015年3月14日~21日)

 「現在の島式・相対式4面4線の狭いホームは、プロ野球や高校野球の開催時に大混雑していましたが、島式・相対式3面4線の広いホームに生まれ変わります。」
 


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 「ホーム中央部に白球や高校球児のユニホームの「白」をイメージした縦45m×横45mの大屋根を設置します。」

 「自然光を通す膜素材を使用し、屋根の南北には壁を設けず、甲子園特有の「浜風」が吹き抜けるデザインを取り入れます。」・・・とのことです。


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 普段は利用することがほとんどありませんが、イボイノシシの朝の散歩コースのこの周辺。明るく美しく、しかも便利になるのはとても良いこと!
 同じ町内の住民として嬉しく思います。

*次回更新で甲子園駅のすぐ近くに今年(1月15日)オープンした珈琲店をご紹介します*




by mahalotakashi | 2015-02-23 15:45 | mahalo@西宮

甲子園球場レポート  桜咲く

  甲子園球場周辺の桜が一斉に開花しました!

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 すでに満開状態の花びらも見受けられます。

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 甲子園球場で熱戦を繰り広げている選抜高校野球もそろそろクライマックスを迎えようとしています。

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 イボイノシシの散歩コースも早朝から大勢のファンや関係者が集まってきています。



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 開催中はイボイノシシや七面鳥夫人の生活道路も閉鎖中。(^^;)
 少し不便ですが仕方ないですね・・・

by mahalotakashi | 2014-03-31 15:24 | mahalo@西宮

ツツジ満開! JR甲子園口駅周辺

   素晴らしい青空に誘われて、久しぶりに花の写真撮りました!

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           自宅から近いJR甲子園口駅近くの用水路脇に植えられたツツジです。

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           花や樹のことは皆目わからないので、今回は「ウィキペディア」に応援してもらいました。

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【ウィキペディア・Wikipedia】

 ツツジ(躑躅)とはツツジ科の植物であり、学術的にはツツジ属(ツツジ属参照)の植物の総称である。
ただしドウダンツツジのようにツツジ属に属さないツツジ科の植物にもツツジと呼ばれるものがあるので注意が必要である。


 また、日本ではツツジ属の中に含まれるツツジやサツキ、シャクナゲとを古くから分けて呼んでおりこれらはしばしば学術的な分類とは食い違う。最も樹齢の古い古木は、800年を超え1,000年に及ぶと推定されている。

 日本で言うところのツツジやサツキは、公園や道路の分離帯などの植え込みにしばしば見られる。日本では長い栽培の歴史を持ち、早くから育種も進んだ。例えば林昌寺(泉南市)や塩船観音寺(青梅市)の庭園は、美しいツツジで有名である。ツツジ類の材はとても緻密であり、細工物などにも利用される。

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 花は好いですね~・・癒されます。 (写真は下の地図内のポジションで撮りました。)





by mahalotakashi | 2013-04-29 10:30 | mahalo@西宮

橋の下でイノシシがお昼寝してました。

【只今レストランガイド編集中です。明日早めにUPします】


 お~っと!野生の猪(イノシシ)じゃないですか!!

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 2012.8.4. 13:00

 連日猛暑が続いていますが、訪問者の皆様お変わりありませんか。
さて、土曜日のランチは以前から予定していた阪急岡本駅近くのフレンチカフェ。少し離れたコインパーキングに車を停めてお店に向って川沿いに歩いていると、前方の橋の下になにやら見かけぬ物体を発見。



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 橋の側まで近づいて川床を見ると、なんと野生のイノシシが寝そべっていました。それも2頭で雄と雌の成獣のようです。
橋の上を通行するご婦人方と比べてみてもその大きさがよくわかります。



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 望遠レンズにして撮影しましたが、少し慌てていたので手前の雌猪しか撮れませんでした。奥にいた鋭い牙を持った雄猪の方が一回り大きく迫力もあったのですが・・・

 テレビなどで六甲山麓の芦屋市などの市街地に野生のイノシシが出没すると言うことは知っていましたが、実際に遭遇してみると少し驚きます。
 この暑さの中、イノシシ達も日陰の川床で涼を取っているのでしょうか。イボイノシシと親戚関係の日本イノシシになんとなく親近感を覚えながらシャッターを押しました。



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          この後訪店したフレンチカフェのランチ紹介は、明日早めにUPさせていただきます。




by mahalotakashi | 2012-08-04 21:31 | mahalo@雑記

神戸空港

【本日のレストランガイドはお休みです】


    今年の海の日は節電協力のため神戸空港で涼みました!

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 梅雨前線が北に押し上げられ、太平洋高気圧に包まれた阪神地区は朝から真夏の様相を呈しています。連休最後の月曜日、自宅でテレビを見ながらエアコンつけてごろ寝では、節電の協力にもなりません。
 そこで朝早く自宅を出て神戸空港へ向いました。別に旅行をするわけではありませんが・・・


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 同じ志しを持った(笑)家族連れやカップル、それに年配の方も4Fの展望台に集まって潮風を受けながら、大阪湾の景観を楽しんだり離発着の模様を撮影したりと、青空の下でエンジョイされていました。


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 ジェット機が着陸してきました。ローカル空港で便数も少なく、その分旅客数も少ないから関空や伊丹に比べると空港の各施設はかなりゆったりしています。
 ポートアイランドから空港までの橋代は無料、空港の駐車場は30分まで無料で、1時間=¥100 も、良心的です。



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 流石にお昼時の3階レストランフロアーは賑わっていましたが、行列ができるほどでもありません。(ランチは、元町のフレンチを予定しています)


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 空港島の西端に国内最大級のウエディング施設と言われる、ラヴィマーナ神戸があります。人工のラグーン(砂浜)を備え、淡路島から明石海峡大橋まで見渡すことができる絶好のロケーションが楽しめます。


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 実はこちらの施設内にあるカフェ(フレンチ)に予約を入れたのですが、貸切満席で断られました。土日祝日は予約も取りにくい状況のようです。


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 こちらは、空港ビルの屋上から撮影した六甲山と神戸の市街地です。神戸空港で十分に涼ませていただいた後、元町のフランス料理店、ヴィ・ザ・ヴィでランチを楽しみました。詳しくは明日の夜UPします。




by mahalotakashi | 2012-07-16 20:20 | mahalo@夢旅

心斎橋筋商店街 (イボイノシシの散歩道)(その2)

★★ 本日のレストランガイドはお休みさせていただきます。★★

「しんきた」へようこそ♪
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心斎橋と本町間を結ぶ、「心斎橋筋北商店街」は通称「しんきた」と呼ばれています。

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クリスタ長堀北8出口の階段をを上がれば大きな南玄関が出迎えてくれます

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御堂筋からひとつ東側の通りになるのが心斎橋筋。

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長堀通を境として北側が心斎橋筋北商店街、南側が心斎橋筋商店街と、重複するので、本町以南はほぼ全線にわたってアーケードが設置されています。北端は中央区北浜3丁目(御堂筋線・京阪電車淀屋橋駅付近)の土佐堀通との交点、南端は道頓堀川(戎橋)を隔てて戎筋と接続します。

現在の心斎橋筋北の賑わい
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心斎橋筋北商店街は、大阪市の平日の通行量調査では、平成5年11月に約25,000人でしたが、平成11年5月には、約37,000人、現在では、約40,000人を越へる急成長を続けています。
平成15年2月に結成の当商店街振興組合のシンボルマークとして、心斎橋の欄干の「四葉のクローバー飾」を採用。
平成16年2月23日に完成の新舗装には、旧来の3商店街が連合した記念として、心斎橋の四葉のクローバーマークを3つ組合せたデザインにあしらい、消防隊の鼓笛隊の演奏により、南幼稚園の園児と共に賜やかに「通り初め」を開催されたそうです。



次回は長堀通りから更に南へ向って、一般的に有名な心斎橋筋商店街をウオッチします。

by mahalotakashi | 2009-04-27 21:55 | mahalo@夢旅

心斎橋筋商店街 (イボイノシシの散歩道)(その1)

   まずは、せんば心斎橋から・・

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今回の散歩道は会社から西方面、御堂筋の東に南北に延びる心斎橋筋です。
心斎橋と言われてすぐにイメージされるのは、心斎橋筋商店街。
長堀通の南側から宗右衛門町通まで、南北に約580m続く心斎橋筋を一般的に心斎橋筋商店街と呼びます。
そごう心斎橋本店と大丸心斎橋店の2大百貨店も含め、服飾や飲食店など約180店が軒を連ね、平日で約6万人、日・祝日には約12万人もの買い物客が訪れる巨大ショッピングストリートです。

しかし、心斎橋筋商店街とはこの一角だけを指す名称ではありません。

それでは心斎橋筋の北の端はどこ?
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現在の心斎橋筋は、長堀通~戎橋迄の間?と疑問を感じる人も多いはず。
しかし、延宝6年(1678年) 『芦分舟』付録には「しゅんさい橋筋ハ、南ハゑびすばし、北はよどや橋一丁上」とあり、貞享4年(1687年)『大坂町絵図』・宝暦9年(1759年)の『摂州大坂画図』にも、土佐堀川の淀屋橋の一筋東に「志んさいはし筋・心サイハシスヂ」とあります。この資料から判明するとおり、1676年(延宝4年=元禄時代より15年前)から、心斎橋北詰の心斎橋筋の人々が、苦心の末順慶町通を右折し南下させたのが、今の心斎橋筋の歴史を作り出したと言えます。

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ところが心斎橋南詰の商店街は、179年後(1855年・安政2年=江戸時代後期)に繁栄が始まったにも関わらず、心斎橋筋が、長堀通~戎橋迄と思われているのは、 明治5年(1872年)3月に大阪の町名が変更された時に、長堀通以南に「心斎橋筋という新町名」が生れる様になったからなのです。
その新町名が混乱を招いたわけです。従って、実際の心斎橋筋は、現在でも『北浜3丁目~戎橋』までの2.5Kmという事になります。

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「心斎橋筋商店街」の北側に位置し、長堀通りから北へ3辻目の順慶町通りに至る迄の、南北約250mに88店舗が加盟しているのが、「心斎橋北商店街」と呼ばれています。
大丸がある心斎橋筋商店街よりは古く、江戸時代から商業の中心地として栄えて来た地域で、戦後は衣料品を中心とした小売や卸問屋が集積していました。
最近では、クリスタ長堀や東急ハンズ、そして、海外の有名ブランドショップ等が競う様に出店、大阪の代表的なファッションタウンを誘致し急変してきています。

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そしてその北側に中央大通りを跨いで北に延びるのが、本日写真で紹介している、「せんば心斎橋筋商店街」です。ややこしい!でしょう。

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「せんば心斎橋筋はお隣の心斎橋北商店街さんと同様に今から330年前、延宝の頃に文献に出てくるほど古い商店街でおます。長堀に架かる心斎橋が出来た元和8年(1622年)には、すでに商店街としての役割を果たしていたと考えられ、これは実に383年も前の大昔のことでおます。大阪商人の歴史ある商店街として、良いモノをどんどんお安くご提供したいと各店ともに考えとります。」と、せんば心斎橋筋協同組合の方が挨拶されております。

次回は南へ向って、心斎橋北商店街と心斎橋筋商店街をウオッチします。


by mahalotakashi | 2009-04-10 21:49 | mahalo@夢旅

丼池ストリート   (イボイノシシの散歩道)

            丼池ストリート・ストーリー

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会社を出て船場センタービル沿いの中央大通りを西に向かうと、道路の両側に繊維関係企業のビルが建ち並んでいます。

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南北に伸びる御堂筋の一本東に心斎橋筋があり、その東にあるのが丼池筋です。
現在は「丼池ストリート」というお洒落なネーミングに変えられています。

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丼池、この地名大阪在住の人はご存じですが「どぶいけ」と読みます。
「どんいけ」でも「どんぶりいけ」でもありません。ただし大阪市中央区丼池・・という住所は存在していません。

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イボイノシシが勤務する会社のある南船場から、北久宝寺、久太郎町辺りを大まかに船場と呼びますが、その船場の中、心斎橋筋から東へ二つ目の通り三休橋筋とに挟まれた地域を丼池と称するようです。

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もともと繊維問屋の多い地区で、昔は南久宝寺から中央大通りまで「丼池問屋街」というアーケード筋だったそうですが、現在は長堀通から江戸堀通までの南北の道路が「丼池ストリート・船場」となり、アーケードもありません。

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繊維問屋街の船場界隈でも、丼池は現金問屋がひしめく特殊な地域のようです。

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船場センタービルができて船場も様相を一変させましたが、昔から大阪商魂の渦巻く街と呼ばれていて現在でもその名残はそこかしこに見受けられます。

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聞くところによると、丼池は第二次世界大戦前まで道具屋街だったそうですが、戦後の糸へん景気にのって、繊維の街に生まれ変わったと言うことです。

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ブラブラ歩いてみると意外に面白いお店もあります。付近のサラリーマン目当ての食事処も結構増えてきたようです。



by mahalotakashi | 2009-03-28 21:23 | mahalo@夢旅

北浜界隈・難波橋 (イボイノシシの散歩道)(その2)

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北浜の大阪証券取引所前の交差点に繋がる難波橋(なにわばし)は、大阪市の旧淀川に架かる橋で浪速の名橋50選選定橋のひとつです。大阪弁では「ナンニャバシ」と発音するそうですが定かではありません。

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大阪市中央区北浜~北区西天満の堺筋にかかる、全長189.7m、幅21.8mの橋です。
途中の中之島を挟み、土佐堀川と堂島川の2つの川を渡ります。

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橋の上からは中の島の公会堂や図書館など有名な場所が見渡せ、市内でも有数の景観の良いポイントになっています。

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江戸時代には天神橋、天満橋と共に浪花三大橋と呼ばれ、表記は「浪華橋」が一般的であったようです。堺筋の西隣にある難波橋筋に架かっており、橋の長さが108間(約207m)もの大型の反り橋だったといいます。1661年(寛文元年)天神橋とともに公儀橋とされました。 1912年(明治45年)、大阪市電堺筋線の北浜以北への延伸に伴い、現在の場所に架け替えられました。


南詰(西) 高欄の獅子 阿形像           南詰(東) 高欄の獅子 吽形像
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橋の南詰めおよび北詰めには、天岡均一作のライオンの石像が左右両側にあるため、「ライオン橋」とも呼ばれています。このライオン像は左側が口を開く阿形像、右側が口を閉じる吽形像となっており、文字通り狛犬の片方である獅子=ライオンであると言えます。

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このライオン像は京阪中之島線の開通告知CMに使用されたそうです。

欄干の「みおつくし」中之島水上公園計画の一環として設計された事により、石橋風の外観、公園と一体となった階段、高欄の獅子像、親柱にはペディメントやメダリオンをあしらい、市章である「みおつくし」をアレンジした意匠が親柱や欄干に模られています。

1975年には3年間に及ぶ補修工事により戦時中に金属供出で失われた欄干や橋上灯が復元され、近代大阪を彩った美しい外観を保っています。

by mahalotakashi | 2009-03-07 21:21 | mahalo@夢旅

北浜界隈(イボイノシシの散歩道)(その1)

今日は北浜辺りをぶらついてみます。

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北浜(きたはま)とは、大阪市中央区の船場北端の町名です。

d0083265_2120640.jpg東から北浜一丁目~北浜四丁目と東西に細長い町で、三丁目・四丁目付近は、淀屋橋と呼ばれ、四丁目には住友系の企業が集中していてさながら住友村となっています。
ただ、「北浜」といえば、特に金融街として有名な北浜一丁目・北浜二丁目(北浜駅)付近の場所の通称と用いられることが多いのです。

d0083265_21251588.jpgここには、大阪証券取引所があり、東京・兜町とともに日本証券界の二大中心地となっています。
江戸時代初期から商業経済中心地帯で、淀屋辰五郎に起源する米市場や金相場会所があり、米問屋、米仲買、両替屋が集積していたところです。
1878年には大阪株式取引所(現・大証)が設置され証券街として発展しました。

d0083265_21354726.jpg街角のビルの壁などにレリーフがあったり、こじんまりした証券会社などがひっそりと並んで激動期の名残を今に教えてくれます。
現在100年来の不景気と言われる状況に陥っていますが、日本を、世界を救ってくれる偉人は最早現れてくれないのでしょうか・・・


d0083265_21462151.jpg歩いているとフッとヨーロッパのカフェのような小洒落たお店があったり、装飾のある古風ながら惹かれる建物群も、昔からモダンと言われたこの辺りの名残でしょうか、建造物ウオッチングするには持って来いの場所です。




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堺筋や土佐堀通りに面して何気なく味わい深いオールドクラシックの、いわゆるビルヂングが建っているのも北浜ならではの風景。
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現在の北浜付近は高層タワーマンションが次々に建ち並び、勤住接近の都心型住宅地域としても注目されています。

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     大阪証券取引所(2004年12月に新装)正面の銅像は五代友厚

d0083265_2214210.jpg大阪証券取引所前の銅像五代 友厚(ごだい ともあつ)は、江戸末期の武士・薩摩藩士で明治期の実業家。
薩摩国鹿児島郡長田町城ヶ谷生まれ。幼名は徳助。通称才助。関西経済界の重鎮。「まさに瓦解に及ばんとする萌し」のあった大阪経済を立て直すために、商工業の組織化、信用秩序の再構築を図り。東の渋沢栄一、西の五代友厚とも称されています。


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次回は北浜1丁目交差点の北に架かる、難波橋(なにわばし)を特集してみます。

by mahalotakashi | 2009-02-28 21:36 | mahalo@夢旅